柏の葉の歴史 History of KASHIWA-NO-HA

柏の葉スマートシティと、三井不動産の強い結びつき

都心にほど近く、豊かな緑に包まれた柏の葉エリア。三井と柏の葉の間の140年以上の歴史は、激動の明治維新から始まりました。地域の歴史と立地から、柏の莱エリアの街の概要と、三井不動産との結びつきをご紹介します。現在もこれからも、ともに新たな歴史を刻んでいきます。

01 江戸~明治 三井が中心となって始まった開墾入植

柏の葉の街が広がる下総台地は、古来馬の産地として名高い土地でした。

江戸時代には幕府直轄の放牧場として幕末まで馬の育成に利用されてきました。現在の柏の葉エリアは、この幕府の放牧場の一つである「小金牧」に含まれています。

明治になると、政府は「小金牧」を廃止し、開墾入植することにしました。この事業の中心となったのが、当時の三井家の惣領であった8代目三井八郎右衛門高福です。高福は開墾会社の総頭取となり、地域の開発や学校設立、神社建立などに協力しました。その後、千葉県では開墾地の入植順に、数字を冠した地名がつけられ、柏市では4番目の「豊四季」、12番目の「十余二」の地名が今でも残っています。

三井高福【みつい・たかよし】

江戸時代より続く三井家惣領家の8代目。天保期以降の経営難の時期に家政の改革に取り組んだ。幕末~維新の複雑な政局を乗り切り、三井銀行、三井物産を興し、財閥としての基礎を築く。公事業にも尽力し、現在の柏の葉エリアを含む幕府の放牧場・小金牧の開墾事業にあたる。

江戸~明治 三井が中心になって始まった開墾入植

02 昭和 新たな歴史を刻み始めた三井不動産と柏の葉

朝鮮戦争にともない、現在の東京大学・千葉大学の両キャンパス・県立柏の葉公園がある付近188haに、アメリカ空軍通信基地が設置されました。その後、高度経済成長に沸く昭和36年に、三井不動産により「柏ゴルフ倶楽部」がオープン。平成13年に閉鎖されるまでの40年間、名門クラブとして多くのゴルフ愛好家の方々に愛されました。また、昭和54年にはアメリカ空軍通信基地があった地域が全面返還され、新しい街として再出発することになりました。

03 平成 区画整理を経て新たな街づくりがスタート

柏の葉エリアでは、柏市の都市計画に基づき、2000年より273haの区画整理事業が開始されました。 2005年につくばエクスプレスが開通、柏の葉キャンパス駅が開業し、利便性の向上とともに、柏の葉エリアは新たな時代を迎えることになりました。2008年には千葉県・柏市・東京大学・千葉大学による「柏の葉国際キャンパスタウン構想」が発表され、次世代のモデル都市として脚光を浴びることになりました。

平成 区画整理を経て新たな街づくりがスタート

04 これからも三井不動産グループはこの街づくりをサポートします

「公・民・学」連携により、次世代型都市のモデルとして、さまざまな学術的実験が行われる最先端の都市として生まれ変わっています。これからも三井不動産グループは民間事業者として、この街づくりに参画しています。

年表

05 これからの三井不動産グループのスマートシティ

三井不動産グループは、これまでも、日本初の高層ビルである「霞が関ビルディング」(東京都千代田区)に始まり、水辺の再生を目指した「大川端リバーシティ21」(東京都中央区)、都市の中での自然との共生や民活による都市再生を目指した「東京ミッドタウン」(東京都港区)など、その時代の社会のニーズを捉え、街づくりを革新し続けてきました。その街づくりを革新するDNAは、三井不動産グループの「スマートシティ」へと続いています。

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